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大阪地方裁判所 昭和43年(ヨ)443号 判決

申請人 平野欽也

被申請人 小太郎漢方製薬株式会社

主文

被申請人は、本案判決確定に至るまで、申請人を従業員として取扱い、かつ申請人に対し昭和四二年一一月一九日以降昭和四五年三月末日まで月額金四万一、〇〇〇円の、同年四月一日以降月額金二万一、〇〇〇円の各割合による金員を毎月二五日限り仮に支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

一、当事者双方の求めた裁判

(一)  申請人

1、被申請人は、本案判決確定に至るまで、申請人を従業員として取扱い、かつ申請人に対し昭和四二年一一月一九日以降毎月二五日限り月額金七万一、〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

2、訴訟費用は被申請人の負担とする。

(二)  被申請人

1、申請人の申請を却下する。

2、訴訟費用は申請人の負担とする。

二、申請の理由

(一)  被申請人(以下本社ともいう)は漢方薬の製造並びに販売を業とする株式会社で従業員約一七〇名を擁し、その系列の会社として、札幌市に北海道小太郎薬品株式会社、東京都に小太郎漢方東京薬品株式会社、名古屋市に中日漢方薬品株式会社、大阪市に株式会社カンケン、広島市に西日本小太郎漢方薬品株式会社を置き製品の販売を担当させている。

申請人は昭和三七年四月七日本社に雇用され、昭和四二年六月一日前記株式会社カンケン(以下カンケンともいう)に出向を命じられ同社の代表取締役として勤務していた者にして、本件解雇当時毎月二五日限り月額七万一、〇〇〇円の割合による賃金の支給を受けていた。

(二)  本社は昭和四二年一一月一九日申請人に対し解雇を通告し、同日以降申請人の就労を拒否し賃金を支払わない。申請人はこれまで賃金のみで生活してきた労働者であるから本案判決の確定を待つていたのでは申請人および家族の生活が危殆に陥る。

三、被申請人の答弁並びに抗弁

(一)  答弁

申請の理由中、仮処分の必要性の事実を否認し、その余の事実をすべて認める。なお申請人は昭和四四年八月一三日からカネボウヤマシロ製薬株式会社に社員として入社し現在約五万円の月給を支給されているから、仮に本件解雇の理由がないとしても、もはや本社に復職することもできず、現在仮処分の必要性は存しない。

(二)  抗弁

本社と申請人との間の雇用契約は昭和四二年一一月一九日次の事由によつて終了した。

1、申請人はカンケンの代表取締役に在任中、次のとおり本社の指示命令に従わず独断専行の行為をした。

(1) カンケンの従業員仁村、杉村の両名を係長に昇格させる旨本社に稟議しその決裁を得て既に発令しているのに、労働組合の反対にあうや独断でこれを撤回した。

(2) 昭和四二年六月ないし同年八月頃本社の稟議を経ることなく人員縮小の指示に反して従業員三名を新規採用した。

(3) 本社の稟議を経ないで南出張所を開設し、同所用店舗賃借のため敷金六〇万円を支払い、その後承諾を求めてきたが、結局右出張所は開設後三カ月で閉鎖のやむなきに至り合計約三〇万円の損失を生じた。

(4) 営業について無計画な拡大方針を以て臨んだので、本社として売上の増大を計るだけでなく間接部門の人員縮小、経理内容の改善等営業方針の変更を指示したが、これに従わず独断専行の行為があつた。

これら各行為の結果として同年六月から同年一一月までの間合計約二八〇万円の赤字を計上し、遂に本社に対する買掛金支払いのために振出していた手形金の一部金五三万一、二七三円について同年一〇月三一日支払いが不能となり、本社においてこれを交換に回すことなく貸付金として振替えたことによつてようやく不渡処分を回避する事態を招いた。

右は本社の就業規則第六九条第三号所定の懲戒事由である「正当な理由なく越権専断の行為があつたとき」に該当する。

2、本社は昭和四二年一〇月下旬申請人をカンケンの代表取締として不適任であると判断し、同人に対し円満に右代表取締役を辞任し、本社の営業部内に新設する商品課長に就任するよう勧告し命令したがこれを拒否した。

右は本社の就業規則第六九条第四号所定の懲戒事由である「職務上の指示命令に不当に反抗したとき」に該当する。

3、申請人が昭和四二年六月頃カンケンの従業員である宮川に対しその服装が適切を欠き、かつ性病を患う等社員としての体面を汚したとして注意したことから労働組合および同人らの抗議を受けたことに関し、本社から右注意は当然で抗議は不当であるとして注意の撤回や謝罪等を禁止されていたにもかかわらず、独断で同人らに対し謝罪状を出したため、同月二三日付で本社から右は就業規則第六九条第三号、第四号に該当するとして第六八条第三号により本社における参事の地位を参事補に降格する旨の懲戒処分を受けていたにもかかわらず、前記1および2の各懲戒事由該当の行為を重ねた。

右は本社の就業規則第六九条第一一号所定の懲戒事由である「懲戒処分を受けたにもかかわらずなお改悛の見込みがないとき」に該当する。

そこで本社は申請人に対し本来ならば懲戒解雇に処すべきところ、本人の将来を考え昭和四二年一一月一九日就業規則第五二条第四号所定の普通解雇にした。そして同時にカンケンは株主総会において申請人の取締役を解任した。

四、申請人の答弁並びに再抗弁

(一)  答弁

1、抗弁1の事実に対する答弁

(1) 右1の(1)について。組合の反対によつて発令を撤回したものではない。組合の反対により昇格該当者が昇格を拒否する態度に出たので強行実施して会社の内部に紛争の起るのを避けるため撤回したものであり、本社もこれを了解した。

(2) 同(2)について。本社から人員縮小の指示はない。また三名の新規採用による増員については本社の了解を得ている。

(3) 同(3)について。南出張所の開設については昭和四二年七月申請人において計画を立て、店舗を借用することとなつた同月二〇日頃本社に対し同社の木村常務を通じて稟議し、敷金調達で無理をしないことを条件に承認を得た。計画立案前に本社の了解を得るべきであつたとしても、実施の段階では本社の承認を得ているのであるから、後にこれを問題とするのは理解できない。

(4) 同(4)について。申請人が無計画な拡大方針を以てカンケンの経営に臨んだことはないし、したがつて本社から被申請人主張のような指示を受けたこともない。

(5) なおカンケンが本社あてに振出した昭和四二年一〇月三一日満期の約束手形は決済できている。

2、抗弁2の事実に対する答弁

主張の頃本社からカンケンの代表取締役を辞任するように言われたことはあるが、それは日本共産党を脱党しないならば右代表取締役を辞任し本社もやめるよう圧力を加えられたのであつて、カンケンの経営の不手際によるものではない。また商品課新設の話は全然出ておらず同課長に就任するよう勧告ないし命令を受けたこともない。同課はその後も設置されていない。

3、抗弁3の事実に対する答弁

労働組合との円満な解決を計るという配慮から個人として謝り状を出したことはあるが、カンケンの代表者として出したことはない。本社でカンケンの代表者として出すべきでないということであつたので個人として出したのである。そして申請人がその頃このことに関し本社から服務規律違反を理由に懲戒処分を受けたことはある。

(二)  再抗弁

本件解雇は、申請人が日本共産党を脱党しないこと、日中友好協会正統本部(以下、単に正統本部という)に加入しないことを理由とする思想、信条に基づく差別扱いであり、憲法第一四条、労働基準法第三条に違反して無効である。

1、本社が申請人に対し加入を強要した正統本部とはおよそ次のようなものである。すなわち昭和四一年一〇月二五日開催の日中友好協会第一三回常任理事会で、同月一二日北京に於て日中友好協会中華人民共和国建国一七周年祝賀代表団と中日友好協会代表団との間に調印発表されたいわゆる「共同声明」をめぐりその承認が議題となり、この討議の途中、右共同声明を支持する一部の者が退場し、同人らによつてこれまでの日中友好協会とは別個に結成された分裂組織である。右共同声明の基本となつたものは、同年九月二六日になされた日本各界知名人三二氏による「内外の危機に際し、再び日中友好の促進を国民に訴える」といういわゆる三二氏のよびかけであるが、これは三二氏全員の真意に基づくものでなく一部の者の策謀によるものであり、しかもその二年半前に日本各界の代表的な知名人二五氏によつてなされた「日中国交回復のよびかけ」を発展させたように見せかけているものの、真実はその半数以上の者を意識的に排除して行つた分裂的なものであるから、もとより日中友好協会がこれに基づく右共同声明を承認していたことはなく、したがつて右声明に調印する権限を前記日本側代表団に付与していたものでもない。右分裂に伴い大阪でも同年一一月二七日日中友好協会大阪府連合会が分裂して正統本部大阪府本部が組織されたが、本社では間もなくして正統本部の支持を決め、その小太郎班がつくられ、従業員に対し、激しく加入工作を行うに至つた。

2、本社の上田社長および木村常務は本件解雇通告前数回に亘り申請人に対し、日本共産党からの脱党並びに正統本部への加入を強要した。

(1) 同社長は昭和四二年一〇月一六日社長室において、木村常務とともに申請人に対し「日本共産党を脱党し、正統本部に加入しなければ、会社に協力しない者として解雇する。」旨言明した。

(2) 同社長は同月一七日静岡県吉原市の申請人の実父方に赴き、同人に対し「息子さんは共産党員で会社の業務を妨害しているので解雇する。」と言明し、申請人が同党から離党するよう協力を求めた。

(3) 同社長は同日岐阜市加納町の申請人の妻の実父方に赴き、同人に対し「平野は共産党員で会社の業務を妨害しているので解雇するが、平野が自発的に辞表を出すように説得されたい。」と依頼した。

(4) 同社長は同月二六日社長室において木村常務とともに申請人に対し交々「一六日に話した件について決心がついたか。」と日本共産党からの離党と正統本部への加入を強要した。

(5) 木村常務は同年一一月一〇日申請人に対し右要請についての返答を求め、これを拒否されるや、「それでは会社をやめてもらわねばならない。株主総会で全員一致の不信任でやめさせたとなると、上田と木村とでやめさせたようになり、得意先に言い訳けができない。ここは大人になつて穏便に計つてもらえないだろうか。これは僕のお願いだ。」と日本共産党からの離党と退職のいずれかを選ぶよう強要した。

3、本社の役員らは本件解雇後得意先に対し、申請人を解雇した動機について説明して歩いた。

(1) 上田社長、木村、蔡両常務は同月二〇日得意先の団体である大阪小太郎会の津田茂利会長方に赴き、同人に対し「平野は共産党員だから解雇した。」と話した。

(2) 今西専務、大西常務は同月三〇日山元章平方に赴き、同人に対し「平野は共産党員だから解雇した。」と話し、同人がその解雇は不当であるとして復職を求めたのに対し、「経理に不審な点があるので復職はできない。」と解雇の真の動機をかくす態度に出た。

以上の各事実からして本件解雇が申請人の思想、信条を理由とするものであることは明らかである。

五、被申請人の答弁並びに反論

(一)  1、再抗弁1の事実についての答弁

本社に正統本部小太郎班がつくられ、本社で従業員に対し激しく加入工作を行つたことは否認し、その余は不知。

2、同2の事実に対する答弁

(1)  右2の(1)について。上田社長が主張の日頃社長室において木村常務とともに申請人に対し「日中友好運動に協力してほしい。」旨の要請をしたことはあるが、主張のような言明をしたことはない。

(2)  同(2)について。同社長が申請人の実父に面会したことは認めるが、その際同人に対し「申請人が会社を辞める意思を撤回して会社の方針に協力してくれるよう説得してほしい。」旨依頼をしたものであつて、主張のような言明をしたことはない。

(3)  同(3)について。同社長が申請人の妻の実父に面会をしたことは認めるが、その際同人に対し前同様の依頼をしたものであつて、主張のような依頼はしていない。

(4)  同(4)について。同社長は申請人に対し会社の方針に従つて日中友好運動に協力する意思の存否を尋ねたもので、日本共産党からの離党や正統本部への加入を強要したものではない。本社も正統本部には加入していない。

(5)  同(5)について。木村常務は申請人に対し「日中友好運動をすることは会社の最高方針なのであるから、会社の幹部の地位にある申請人としても右方針に協力してもらえないか。」と要請したもので、日本共産党からの離党と退職との選択を強要したものではない。

3、再抗弁3の事実についての答弁

いずれも否認する。

(二)  本社はその製品である漢方薬の原料のほとんど全部を中華人民共和国(以下中国ともいう)からの輸入に依存している。したがつて中国からの原料輸入ができないことになればまさに死命を制せられたことになる。しかるに昨今では中国との貿易は正統本部を通じてのみ可能であり、日中友好運動に協力しない者に対しては中国との取引を許されない現状である。したがつて本社は原料輸入を確保するためできる限り右運動に協力することを本社の最高方針の一としており、本社の幹部の一員である申請人に対してもこの本社の方針に協力されたい旨要請したものであるが、右協力に応じないからといつてそれを理由に解雇したものではない。

六、疎明関係〈省略〉

理由

一、本社が従業員約一七〇名を使用して漢方薬の製造、販売業をなし、系列会社として札幌市に北海道小太郎薬品株式会社、東京都に小太郎漢方東京薬品株式会社、名古屋市に中日漢方薬品株式会社、大阪市に株式会社カンケン、広島市に西日本小太郎漢方薬品株式会社を置き製品の販売を担当させている株式会社であり、申請人が昭和三七年四月七日本社に雇用され、昭和四二年六月一日カンケンに出向を命じられ、以来同社の代表取締役として勤務し、同年一一月一九日当時毎月二五日限り月額七万一、〇〇〇円の賃金の支払いを受けていた者であること、および本社が同日申請人に対し解雇の意思表示をし同日以降申請人の就労を拒否して賃金を支払わないことはいずれも当事者間に争いがない。

二、解雇理由について

成立に争いのない乙第一四号証によると、本社の就業規則第五二条には普通解雇の定めとして「従業員が左の項の一つに該当するときは三〇日前に予告して解雇するものとし、一日につき平均賃金を支給して予告期間に代えることもある。但し試用期間中のものおよび第四項に該当するものでその事由について行政官庁の認定を得た場合はこの限りでない。一、精神または身体に故障を生じあるいは虚弱老衰して業務に堪えないと認められたとき、二、やむを得ない業務上の都合によるとき、三、労働組合に所属するものでその組合を除名され会社が業務上必要と認めないとき、四、第六八条第六号(懲戒解雇)に該当するとき」なる条項のある事実を認めることができるのであつて、右定めによると本社はその従業員について懲戒解雇事由のある場合その裁量によつて懲戒解雇と普通解雇とのいずれかを選択できるものであるから、右事由が存在しない以上、たとえ普通解雇を選択したとしても、それを事由とする右解雇は無効というべきである。ところで被申請人は申請人に対し懲戒解雇に処すべきところ、申請人の将来を考えて普通解雇にしたとしてその事由を主張するので、以下その存否について判断する。

(一)  越権専断の行為

1、被申請人の主張(1)について。申請人、被申請人代表者各本人尋問の結果を総合すると、申請人は昭和四二年六月頃本社からカンケンの従業員仁村、杉村の両名をそれぞれ空席の第二、第三係長に昇格させる旨の内示を受けたので、その旨を同人らに伝えたところ、労働組合がこれに反対し、同人ら自身も組合に同調して昇格に消極的な態度を示したため、カンケンの代表者として右内示の線に副つて昇格を強行することは社内融和の点から見て得策ではないと考え、あえて右昇格の実現に努力せず、結局これが実現しなかつた事実を認めることができる。しかしながら右昇格が申請人の本社に対する稟議によつてその決裁を得た後既に発令されていたのに組合の反対により申請人において無断でこれを撤回したとの点についてはこれを認めるに足る疎明がない。

2、同(2)について。申請人が同年六月ないし同年八月頃本社の稟議を経ないで従業員三名を新規に採用したことは当事者に争いがない。しかしながら申請人本人尋問の結果によると、申請人は右三名を採用後同人らを本社に同行し上田社長に紹介しているにもかかわらず、その後本社からこのことについて何らの異議もなく、むしろ本社において右採用を事後承認していた事実を認めることができる。

3、同(3)について。申請人がカンケンの南出張所の開設に際し店舗賃借のため敷金六〇万円の支出をしたことは当事者間に争いがない。そして証人木村紀夫の証言(但し、後記信用しない部分を除く。)および申請人本人尋問の結果を総合すると、申請人はカンケンの他の役員らとともに同年六月頃大阪市南部の営業基地として南出張所の開設計画を検討しその準備を進めていたが、同年七月二〇日頃本社に対し同社の木村常務を通じて右開設を稟議したところ、敷金の調達を含み金融上の問題で無理をしないという条件付きで承認となり同月末頃右敷金の支払いをしている事実を認めることができる。証人浦山昌久、同木村紀夫の各証言中には右認定に反する部分があるが、右は前掲疎明に照らし信用できず、他に認定に反する疎明はない。してみると申請人において右出張所の開設につきその計画立案前に本社の了解を得ていないことは明らかであるが、実施の段階で本社に稟議してその承認を得ているものということができる。

4、同(4)について。証人木村紀夫の証言および申請人、被申請人代表者各本人尋問の結果を総合すると、申請人は先に中日漢方薬品株式会社に代表取締役として出向中、その経営上の手腕力量を認められ、カンケンに代表取締役として出向を命じられた者で、元来カンケンが本社の製品の代理店経由の販売体制を小売店直結のものに改めることにより流通経費の節減を計るとともに販売網の整備拡充により売上の増大を企図して設立されたものであるから、勢いその営業政策は積極的とならざるを得ず、人的物的両面について経費の増大を招く結果となつたのであるが、本社が傘下の各販売会社に対し間接部門の人員縮小、経理内容の改善等を一般的に指示していたとしても、右事情にあつたカンケンに対してはむしろ多少の経費の増大は容認すべき立場にあつたものと認められるのであつて、特に本社が申請人の経営方針に反対し申請人に対し間接部門の人員の縮小、経理内容の改善を含む営業方針の変更を指示した事実を認めるに足る疎明がなく、結局申請人が右本社の指示に従わず独断専行の行為をしたとの事実は認めることはできない。

ところで、本社の就業規則第六九条第三号に懲戒事由として「正当な理由なくして越権専断の行為があつたとき」なる定めのあることは申請人において明らかに争わないので自白したものとみなす。そして右越権専断の行為とは申請人が本社の従業員として本社からの明示または黙示の指示に反し、または右指示によつて与えられた権限の範囲を逸脱してほしいままになした行為を指すものと解することができるのであるから、まず申請人が本社の従業員としてカンケンに出向しその代表取締役として業務を遂行するに当り、本社からどのような指示を受け、また権限を与えられていたかについて考えるに、証人橋本幹彦、同木村紀夫の各証言、申請人、被申請人代表者各本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、カンケンは昭和四一年二月本社がその製品の販売網の確保、直販体制の強化による営業成績の向上および融資の便宜を考え、一部を本社の役員らに出資させたほかは全部を自ら出資することにより従来近畿地区を担当していた営業部門を独立させることによつて設立したものであり、昭和四二年五月までは本社の専務取締役今西伊一郎をして代表取締役を兼任させることによつて直接その経営に関与してきたが、同年六月一日本社の参事で課長待遇であつた申請人を本社に在籍のまま出向させて代表取締役に就任させ、その余の取締役も本社の課長待遇以下の者を同様に出向させて就任させ、同人らにその経営を担当させることになつて後は本社の支配の程度を緩和し、一定の事項についてだけ本社の稟議決裁を必要とし、その余の事項についてはカンケンの役員らの自主性を尊重しその裁量による処置に委ねることとなつた。そして営業面については、本社の上田社長、今西専務、木村常務ら本社の役員と各系列会社の代表取締役で構成する営業会議において営業方針等の検討を通じてある程度の指導監督を行なうに止まり、それ以上に出てカンケンを含む各系列会社に対し直接的かつ具体的な方法で関与することはなくなり、また人事面についても、各系列会社の従業員の任命昇格は制度上本社に対する稟議事項とされていたものの、事実上はそれが厳格に実施されることはなく、むしろ各系列会社の自主性が尊重され同社で決定後本社の事後承認によつて運営されていたものと認めることができる。したがつて申請人はカンケンの経営に関し、本社から指示を受けることがあり、また申請人が前叙のとおり本社の従業員としてカンケンに出向しその経営を委ねられている以上、右指示に従うべき義務を有していたことは当然であるが、一方カンケンの代表取締役としてその経営に関し相当程度の権限を有していたものということができる。

そこで、右観点から申請人について越権専断の行為があつたか否かについて検討する。まず申請人の1の行為についてみるに、申請人は従業員の係長昇格について本社の意向に副うよう尽力せず、しかもその理由について十分本社を説得してその了解を得るよう努力しなかつたものであるから、申請人の右処置は適切を欠いたものと認める余地はあるが、本社の具体的な指示命令に反し、あるいは与えられた権限を逸脱したものとは認められないから、このことに関し越権専断の行為があつたものとみることはできない。次に申請人の2の行為についてみるに、申請人は従業員三名の新規採用について本社の稟議を経なかつたものであり、従業員の新規採用は制度上本社への稟議事項とされていたものであるから、申請人の右処置は一応本社の指示命令に違反したものということができるのであるが、事実上これらの人事については既に認定したとおりカンケンの自主性を尊重し同社の決定を本社で事後承認することによつて運営されていたものであるところ、申請人において右人事について本社の事後承認を得ていることは既に認定のとおりであるから、このことに関し申請人に越権専断の行為があつたものと認めることはできない。次に申請人の3の行為についてみるに、申請人は南出張所の開設について計画立案前に本社への稟議をしていないが、実施の段階でその稟議をして本社の承認を得ているのであるから、仮に右出張所の開設が本社への稟議事項であるとしても、このことに関し申請人に越権専断の行為があつたものと認めることはできない。次に申請人の4の行為についてみるに、申請人がカンケンの経営についてとつた積極政策の実施については既に認定のとおり越権専断の行為を認めることはできない。

以上、申請人についてはカンケンの代表取締役として出向した本社の従業員として就業規則第六九条第三号所定の行為があつたものと認めることはできない。もつとも証人浦山昌久の証言によつて真正に成立したものと認めることができる乙第六ないし第一〇号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認めることができる乙第一二、第一三号証および証人浦山昌久、同橋本幹彦、同木村紀夫の各証言、申請人、被申請人代表者各本人尋問の結果を総合すると、カンケンは申請人が昭和四二年六月代表取締役に就任以来商品の売上高においてそれ以前五カ月間の各月と比較しほぼ同程度の成績を確保していたが、前記認定の拡張政策によつて営業用自動車数台とスチール製机二箇の購入、在庫商品管理用棚の新設、南出張所開設に伴う敷金の支払い、従業員三名の新規採用等により支出が増大し、代表取締役解任に至るまでの間に合計約金二八〇万円の赤字を計上することになり、製品代金支払いのため本社にあてて振出した額面金三七九万一、二七三円、満期同年一〇月三一日の約束手形のうち金五三万一、二七三円について満期に支払いができない事態を招来した。そこで本社はカンケンが不渡処分を受けるのを回避するため右手形を交換に回すことなく、右金額を同社に対する貸付金として振替えることによつて処理した事実を認めることができる。しかしながら右は申請人がカンケンの代表取締役に就任後約五カ月間における収支であるから、これを以て申請人の右代表取締役としての手腕力量の評価とすることはできないが、仮にできるとしても、それは申請人がカンケンの代表取締役として同社の経営に失敗し右地位に留ることが不適当であるものと認められることがあるにすぎず、それ以上に出て申請人の越権専断の行為に基づく結果であるとして右行為認定の間接事実として評価することはできない。

(二)  指示命令に対する反抗

本社が昭和四二年一〇月下旬申請人に対しカンケンの代表取締役を辞任するように述べていることは当事者間に争いがない。そして証人木村紀夫の証言および被申請人代表者本人尋問の結果を総合すると、本社の上田社長は当時申請人をカンケンの代表取締役としてこれ以上勤務させることは適当でないと考えたので、木村常務を通じて申請人に対してカンケンの代表取締役を辞任するように命じたところ、申請人においてこれを拒否したため、カンケンの株主総会を招集し、申請人について取締役を解任した事実を認めることができる。申請人本人尋問の結果中には右認定に反する部分があるが、右は前顕各資料に照らし信用できない。被申請人は申請人に対し右辞任を命ずるに当り、辞任後本社の営業部内に新設する商品課長に就任するよう併せて命令した旨主張し、証人木村紀夫の証言および被申請人代表者本人尋問の結果中にはこれに副う部分があるが、右はこれらによつても本社には未だ商品課が設けられていない事実が認められることおよび申請人本人尋問の結果に照らしたやすく信用できず、他に右主張を認めるに足る資料はない。

ところで、本社の就業規則第六九条第四号に懲戒事由として「職務上の命令に不当に反抗したとき」なる定めのあることは申請人において明らかに争わないので自白したものとみなす。

そこで、右認定の申請人の行為が右懲戒事由に該当するか否かについて検討する。元来勤務の具体的内容および勤務場所を特定して雇用契約を締結した場合を除いて被用者はこれらの指定についての権限を包括的に使用者に与えているものと解することができるのであるが、その場合においても使用者は右権限を無制限に行使できるものではなく、もしその行使が濫用に亘るような場合にはそれは無効であつて、被用者においてこれに従う義務を負わないものと解する。そしてこのことはいわゆる在籍出向の場合においても異るところはない。右出向の場合被用者は使用者との間の雇用契約を在続させながら労務の提供場所を出向先に変更し、または右雇用契約の効力を一時停止してその間出向先の使用者との間に雇用契約を締結するものであるが、いずれにしても出向元の使用者との間の雇用契約は存続しているのであるから、右出向が雇用契約によつて許されるものである以上、右出向およびこれをとりやめて出向元に復帰を命ずる権限はその行使が濫用に亘らない限度において使用者に与えられているものと解すべきであるからである。そして使用者が被用者に出向を命じ、または出向中の被用者に復帰を命ずる場合、それは被用者の勤務場所または職務内容を変えるものであるから、配置転換と本質的に差異はなく、したがつて配置転換について考慮される観点からその権限行使の正当性の範囲が考えられるべきものである。これを本件についてみるに、本社は申請人に対しカンケンの代表取締役を辞任するように命じたのであるが、もともと本社は申請人に対しカンケンの代表取締役への出向を命じたものであるから、右辞任命令は、他に本社の従業員としての地位を解雇する旨の意思表示を伴わない以上、本社への復帰命令と同一のものと解することができる。ところで申請人は既に認定のとおりカンケンの代表取締役に在任中その経営について特段の失敗もなく、また専断の行為もなかつたのであるから、もし申請人がカンケンの代表取締役というような地位になくその一従業員であつたとすればその出向をとりやめて本社への復帰を命ずることには合理的な理由がなく、本社の恣意によるもので不当であると認められる余地があるので、申請人がこれを拒否したとしても指示命令違反の責を負うものではないと考える。しかしながら申請人はカンケンの代表取締役として出向していたものであり、代表取締役である以上、通常の従業員とは異つて一応広範な権限を与えられて経営の衝に当つていたものであるから、右代表取締役としての適格性については多面的な評価を受け、しかもその職務の性質からして極めて心情的な評価にも甘じなければならないものと解する。してみると本社がカンケンの代表取締役としての申請人について特段経営上の過誤はないにしても、その経営方針について同調できず、しかも心情的に申請人との協調関係を維持できないものとの判断に到達したものとすれば、それだけの事由で申請人に対しカンケンへの出向をとりやめ得べきものと解する。ところで既に認定した事実によると、申請人はカンケンの代表取締役として出向しその在任中積極的な拡大政策を採用した結果、たとえ一時的なものであつたにしても月々赤字を計上し、しかも本社役員との間に意思の疎通を欠き協力関係に障害を生じたものであるから、本社が申請人に対しカンケンの代表取締役を辞任するよう命じたことについては一応正当な事由があつたものと認めることができる。もつとも既に認定のとおり本社はその役員らとともにカンケンの全株式を所有しているものであるから、申請人をカンケンの代表取締役として不適当であると考えれば株主総会の招集を求め右総会において容易に取締役としての地位を解任できるものであるが、そうだからといつて、このような方法によることなく申請人に命じて辞任させる実益は十分にあるのであるから、右命令の実効性はなお存在するものと認められる。してみると、申請人において右命令を拒否した以上、申請人についてはカンケンの代表取締役として出向した本社の従業員として前記就業規則第六九条第四号に該当する行為があつたものと認めることができる。

(三)  再度の懲戒事由該当行為

申請人が昭和四二年六月頃カンケンの従業員である宮川に対しその服装が適切を欠きかつ性病を患う等社員としての体面を汚したとして注意したことから労働組合および同人らの抗議を受けたことに関し、本社から右注意は当然で抗議こそ不当であるとして注意の撤回や謝罪等を禁止されていたにもかかわらず、独断で同人らに対し謝罪状を出したため、同月二三日付で本社から右は就業規則第六九条第三号、第四号所定の懲戒事由に該当するとして第六八条第三号により本社における参事の地位を参事補に降格する旨の懲戒処分を受けたことは当事者間に争いがない。そしてその後申請人について就業規則第六九条第四号所定の懲戒事由に該当する行為のあつたことは前記(二)のとおりである。

ところで、本社の就業規則第六九条第一一号に懲戒事由として「懲戒処分を受けたにもかかわらず、なお改悛の見込みがないとき」なる定めのあることは申請人において明らかに争わないので自白したものとみなす。

そこで、右認定の申請人の行為が右懲戒事由に該当するか否かについて検討するに、申請人は昭和四二年六月二三日本社の指示命令に反抗し、専断の行為があつたとして懲戒処分を受けているにもかかわらず、同年一〇月下旬重ねて本社の指示命令に違反したものであるから、申請人には前記懲戒事由に該当する行為があつたものということができる。

以上の各点から考えると、申請人には本社の就業規則第六九条第四号および第一一号所定の懲戒事由に該当する行為があつたものと認めることができる。

三、解雇無効事由について

申請人は本件解雇事由は申請人が日本共産党を脱党して正統本部に加入しないことを理由とする思想、信条に基づく差別扱いで憲法第一四条、労働基準法第三条に違反して無効である旨主張するので判断する。

(一)  証人橋本幹彦、同岩間克己、同木村紀夫の各証言、申請人、被申請人代表者各本人尋問の結果(但し、証人木村の証言、被申請人代表者本人尋問の結果については後記信用しない部分を除く。)および弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。

1、本社はその製造する漢方薬の原料のうち、数量にして約六割、品種にしてその主要な部分を中華人民共和国から輸入していたが、同国と日本の間には国交が未だ回復してなく政府間協定による貿易ができないため、民間協定によるいわゆる友好貿易に専ら依存していた。もともと友好貿易とは日中間に僅かに開かれた貿易方法の一つで、日本国際貿易促進協会、同協会関西本部(以下、単に関西国貿促という。)その他日中貿易関係の団体がこれに対応する中国側の貿易団体との間に協定を結び、これに基づいて行なわれているものであるが、日本側で右貿易の当事者となるものは右日中双方の団体によつて日中友好について積極的であると認められたいわゆる友好商社であるところから、本社においても右原料の輸入については右友好商社である日野薬品株式会社および株式会社栃本天海堂らの手を経ていた。ところで右友好貿易は日中友好貿易運動と不可分の関係にあり、しかも右運動は日中友好協会によつて推進されていたのであるが、中国の政治情勢の変化から昭和四一年春以降中国と日本共産党との間に対立関係を生じ、これが日中友好協会内部にも波及し、中国の政治路線に同調して日本共産党に反対する勢力と同党を支持して中国の右路線に反対する勢力とに分かれ、同秋に至り前者の勢力が日中友好協会を脱退して新たに正統本部を結成し、同協会は事実上分裂するに至つた。中国は右分裂後残存の日中友好協会と絶縁し正統本部を支持したので、日本側においても関西国貿促等日中間の友好貿易の促進を目的とする諸団体および友好商社の大部分は正統本部を支持することに決し、その後の友好貿易は正統本部支持の団体、商社によつて推進されることとなつた。右事情から正統本部およびこれを支持する関西国貿促等の諸団体は日本共産党および日中友好協会と対立するに至り、中国側もこれらと激しく敵対したことから、正統本部および関西国貿促等の諸団体は友好貿易を望む商社および右貿易によつて利益を獲得しようとする企業に対し日本共産党および日中友友協会との絶縁と正統本部の支持を強く要求し、これに応じない企業に対しては友好貿易によつて利益を受けることのないよう右貿易からの締め出しを企図し、かねて日本共産党および日中友好協会を支持していた本社に対しても右要求を強めたが、本社においてその態度を明確にしないとみるや、中国側に通報して昭和四二年秋の広州交易会への参加を拒否する措置に出た。

2、本社の上田社長および木村常務はいずれも日本共産党員であつたが、前記広州交易会への参加拒否の措置が中国からの原料の輸入が不能となる事態を招くことを意味するものであるため、企業の存立に重大な影響を及ぼすものと判断し、正統本部および関西国貿促等からの要求に応じて日本共産党および日中友好協会からの脱退と正統本部への加入を決意し、同年八月頃率先してともに同党および同協会から脱退した。しかしながら同社長らは正統本部および関西国貿促等からの右要求が単に本社の最高首脳部に対するものでなく、役員に対してもかなり強くなされているものと判断したところから、本社および系列会社の役員中日本共産党に属する者らに対し強く脱党を要求し、またことの成り行き上、一般の従業員に対しても右要求をなし、企業を挙げて正統本部を支持するよう働きかけるに至り、その結果本社の役員数名が同年一〇月頃同党から脱党し、翌昭和四三年二月には本社に正統本部小太郎班が結成された。

3、これを申請人についてみると、申請人はかねてから日本共産党員であり日中友好協会の分裂後も同党に属する者であるが、上田社長および木村常務は昭和四二年一〇月一六日本社の社長室において申請人に対し、「本社の幹部に日本共産党員がいることは会社全体が反中国であるものと見られ、中国からの原料の輸入が困難となるので、会社自体同党と絶縁するだけでなく、上田、木村も既に同党から脱党した。申請人も本社の松岡に聞いて早急に離党届を出すように。」と指示したが、申請人はこれに対して明確な態度を示さなかつた。同社長は同月一七日静岡県吉原市の申請人の実父方および岐阜市加納町の申請人の妻の実父方をそれぞれ訪問し、同人らに対し、「申請人が日本共産党に所属し会社の業務を妨害しているので、脱党の説得をして貰いたい。」旨依頼した。同社長および同常務は同月二六日再び社長室において申請人に対し同党からの脱党を強く要求した。同常務は同年一一月一〇日頃得意先に向う車中において申請人に対し繰り返し脱党の決意の有無を問い、申請人がその意思のないことを明言するや、「それでは会社をやめて貰うことになるが、株主総会で不信任ということになると得意先に対して格好がつかないので、ここは大人になつて穏便に辞表を出してくれないか。」と要請した。

4、カンケンの取締役中、申請人と同様の立場を堅持して上田社長らからなされた日本共産党からの脱党要求を拒否してきた岩間克己は同年一一月一九日何ら理由を示されることなく突然取締役を解任され、かつ本社の従業員としての地位も解雇されたが、一方その余の大西幸夫、中尾吉延、池上守らの取締役らについてはカンケンの経営に対する連帯責任をとつて自主的に辞任したこととした後直ちに同社の取締役に再任され、従来どおり同社の経営に関与することとなつた。

証人木村紀夫の証言、被申請人代表者本人尋問の結果中には右認定に反する部分があるが、右は前顕各資料に照らし信用できず、他に右認定を左右するに足る資料はない。

なお、証人橋本幹彦、同木村紀夫の各証言、申請人、被申請人代表者各本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、本社は昭和四二年秋の広州交易会に参加できず、したがつて将来中国からの原料の輸入を確保し難い情勢となつたが、同年春の同交易会への参加によつて同年末までの輸入は確保されており、同年中に本社の操業が中断されるような事態には至つておらず、またその間正統本部および関西国貿促等から本社に対してなされた日本共産党および日中友好協会からの絶縁要求も一応本社自体とその首脳部に対してなされていたにすぎない事実を認めることができるのであるが、カンケンの代表取締役とはいえ本社においては参事補という課長代理級の待遇を与えられているにすぎない申請人に対してまで右要求がなされていたとの事実まではこれを認めるに足る疎明がない。仮に右要求がなされていたとしても、前顕各疎明および弁論の全趣旨によると、右は正統本部と日本共産党との尖鋭化した対立から多分に感情的要因によつてなされたものと認められるのであるから、仮に本社が右要求に副い得なかつたとしても、正統本部等から本社の経営自体を不能ならしめるような懲罰的措置に出られる客観的かつ具体的な危険性が発生していたものとは認められない。

(二)  以上の各事実を総合すると、本社が申請人に対しカンケンの代表取締役の辞任を命じた理由は既に認定のとおり申請人がカンケンの代表取締役として積極的な拡張政策を採ることによつて一時的であるにせよ月々赤字を計上したこと、そして本社役員との間に意思の疎通を欠き協力関係に障害を生じたことにあることは事実であるとしても、右はいわば口実にすぎないのであつて、その決定的理由は申請人が日本共産党に所属して本社からの脱党要求に応じなかつたことにあるものというべく、しかもたとえ申請人において右要求に応じなかつたとしても本社の存立に対して明白かつ現在の具体的危険が発生する余地は一応なかつたものと認めることができるのであるから、本社が申請人に対してなした前記命令は申請人の政治的信条自体を理由とするもので憲法第一四条、労働基準法第三条に違反して無効のものであり、右無効な命令違反を結局の理由とする本件解雇もまた無効というべきである。

四、以上のとおりであるとすれば、申請人は昭和四二年一一月一九日以降も本社の従業員としての地位を有すること、したがつてその就労を拒否されることにより本社から同日以降賃金の支払いを受ける権利を有するものというべきところ、申請人が解雇当時毎月二五日限り月額七万一、〇〇〇円の賃金の支払いを受けていたことは当事者間に争いがないから、申請人は本社から同日以降毎月二五日限り一カ月金七万一、〇〇〇円の割合による賃金の支払いを受ける権利を有するものと一応認めることができる。そこで申請人の右権利について保全の必要の有無を判断するに、申請人本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、申請人は妻と子供一人を有し会社から受ける賃金を唯一の収入としてその生活を立てていた者であるから、本件解雇によつて賃金が支払われないことにより一家の生活に著しい支障を生じ、本案判決の確定までこのままの状態で推移すると回復し難い損害を生ずるものと一応認められるので、本案判決の確定に至るまで申請人が本社の従業員としての地位にあることを仮に定め、被申請人に対し賃金の仮払いを命ずる必要があるものということができる。そこで右仮払いの額について判断するに、申請人本人尋問の結果によると、申請人は本件解雇後まもなくして西淀病院、知人の薬局、淡路診療所等を転々とし薬剤師として臨時の仕事をしその間平均して一カ月金二万七、〇〇〇円程度の収人を得、昭和四四年八月一三日カネボウヤマシロ製薬に勤務するようになつて後昭和四五年三月末日までの間一カ月金三万七、〇〇〇円程度の収入を得、以上の期間を通じて平均するとおよそ一カ月金三万円程度の収入があり、同年四月一日以降は同社において一カ月五万円の収入を得ている事実が認められるから、前記一カ月平均賃金七万一、〇〇〇円のうち同年三月末日までは金三万円、同年四月一日以降は金五万円については保全の必要がない。してみると被申請人に対し仮払いを命ずべき金額は本件解雇後昭和四五年三月末日まで一カ月金四万一、〇〇〇円の割合による金員および同年四月一日以降は一カ月金二万一、〇〇〇円の割合による金員であるものと認めることができる。

五、そうであるとすると、本件仮処分申請については申請人が被申請人に対して、申請人を本案判決の確定に至るまで被申請人の従業員として取扱い、かつ申請人に対し昭和四二年一一月一九日から昭和四五年三月末日までは一カ月金四万一、〇〇〇円の、同年四月一日以降は一カ月金二万一、〇〇〇円の各割合による金員を、毎月二五日限り仮に支払うよう求める限度で理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余は理由がないので却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高田政彦 川畑耕平 中根与志博)

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